意外と続いてる「1日1捨て」チャレンジ、モノと向き合う30代IT夫婦の途中経過
カテゴリ:雑談
「1日1捨て」を始めたきっかけは、妻の何気ない一言だった。
早稲田の私たち夫婦が住むマンションは、決して広くはない2LDK。築年数もそれなりに経っているから、最新のマンションのようなウォークインクローゼットなんて夢のまた夢だ。限られた収納スペースに、夫婦二人分のモノがぎゅうぎゅうに詰め込まれている現状に、妻が頭を抱えていたのである。
「ねえ、毎日1個ずつ、何か捨てるチャレンジしない?」
言われた時、正直「まじか…」と思ったのが本音だ。だって、毎日だよ? エンジニアとして日々納期に追われ、コードと格闘している私たち夫婦にとって、モノと真剣に向き合う時間なんて、そうそう取れるものではない。それに、結婚して数年。引っ越しのたびにそこそこ断捨離はしてきたつもりだし、もう捨てるものなんて残ってないんじゃないか、とも思っていた。
でも、妻の目が真剣だった。「一度やってみない?」と。
半ばしぶしぶ始めたこの「1日1捨て」チャレンジ。まさか、こうしてブログで途中経過を語るほどに続いているとは、我ながら驚きである。
チャレンジの開始と初期の苦悩
妻が提案したチャレンジ期間は「とりあえず30日」。その30日が、先日無事に経過した。
最初の数日は、やはり苦労した。どこから手を付けていいか分からない。夫である私は、そもそも捨てるモノなんてない、と高を括っていた節がある。しかし、いざ探してみると、意外とあるものだ。
- 引き出しの奥で眠っていた、数年前のイベントでもらったノベルティのボールペン
- いつか使うだろうと取っておいた、サイズの合わない服のボタンの予備
- なぜか複数枚あった、使い古しのプラスチック製の買い物カゴ
これらは比較的サッと捨てられた。「あ、これね」って感じで。
問題は、ちょっとした思い出が詰まっていたり、「いつか使うかも」という漠然とした不安を煽るモノたちだ。 例えば、夫が昔参加した技術イベントのTシャツ。もう着ることはないけれど、なんとなく捨てられない。妻のほうは、大学時代に使っていた文房具や、友人からもらった手紙。
「これ、本当に捨てるの?」 「うーん、でも使ってないしな…」
そんな会話が、毎日数分交わされるのが日常となった。 最初は「なんでこんなことやってるんだろう」と思うこともあった。忙しい一日を終えて、ようやく家で一息つこうとしている時に、今日捨てるモノを探す作業は、正直言ってしんどい。
夫婦ならではのルールと攻防
しかし、だんだんと要領を得てきた。私たち夫婦で決めたゆるいルールは以下の通り。
- 一人一日一個。合計二個ではなく、各自一個ずつ。
- 相手のモノは勝手に捨てない。必ず一言「これ、もういい?」と確認する。
- 無理に探さない。今日は何も捨てるものがないと感じたら、無理しなくてもOK。ただし、見つけたらラッキー、くらいの気持ちで。
- 捨てる基準は「過去一年以内に使ったか」。使ってなければ、捨てる候補。
特に「相手のモノは勝手に捨てない」というのは重要だ。以前、夫が勝手に妻の古い漫画を捨てようとして、大ゲンカになりかけたことがある。モノに対する執着は人それぞれだから、ここは丁寧に扱うべきだったと反省した経験があるのだ。
モノとの向き合いは、すなわち自分との向き合い。そして、夫婦間のコミュニケーションでもある。
夫は比較的モノへの執着が薄いタイプで、すぐに「いらない」と判断できる。一方、妻は慎重派。「もしかしたら、いつか…」と未来の可能性を考えがちだ。
先日も、夫が「このケーブル、何に使うんだっけ?」と、謎のUSBケーブルを手にしていた。
「えーっと、それは、前に使ってたスマホの充電…かな?」と妻。
「いや、もうそのスマホないし。充電器も別の使ってるよね?」
「う、うん…でも、もしかしたら、いつか何かの機会で…」
「いやいや、それ、もう何年も使ってないでしょ。捨てよう!」
結局、そのケーブルはゴミ袋行きとなった。高田馬場のマンションのゴミ捨て場に、ひっそりと旅立っていった。燃えないゴミの日は水曜日と土曜日。地域のゴミ出しカレンダーを以前より意識するようになったのは、このチャレンジの副産物かもしれない。
意外な効果と心境の変化
このチャレンジを続けてみて、いくつか驚くべき効果があった。
- 探し物の時間が激減
- 以前は「あれ、どこに置いたっけ?」と、しょっちゅうモノを探していた。特に、スマホの充電器や鍵、書類などが定位置に戻されず行方不明になることが多かった。
- 不要なモノが減ったことで、定位置の概念が強化され、部屋の中が物理的に整理された。
- 部屋の風通しが良くなったような感覚
- モノが減ると、空間が広がる。物理的な広がりだけでなく、精神的な広がりも感じられるようになった。朝、リビングに出ると、以前よりもスッキリとした印象を受ける。
- 「買う」ことへの意識の変化
- これが一番大きいかもしれない。「これ、本当に必要?」と、新しいモノを買う前に立ち止まって考えるようになった。
- 衝動買いが減り、高田馬場駅周辺のバラエティショップやドラッグストアで「ついで買い」をすることもなくなった。
- 一時的な満足のためにモノを増やすのではなく、長く使えるもの、本当に価値のあるものを選びたいという気持ちが強くなった。
- 夫婦の会話が増えた
- 毎日「今日、何捨てる?」という会話が生まれる。それはモノについてだけではなく、そこから派生して「これ、いつ買ったんだっけ?」「あの時の旅行で…」といった思い出話になったり、未来の暮らしについて話すきっかけになったりする。
- モノを通して、お互いの価値観や考え方を再確認する良い機会になっている。
「ミニマリスト」という言葉には少し抵抗がある私たち夫婦だが、まさに「ふたりのちょうどいい暮らし」を追求する上で、この「1日1捨て」は有効な手段だと実感している。 物を手放すことは、単に物理的な空間を空けるだけでなく、心の中のスペースも広げてくれるようだ。 早稲田の賑やかな街並みを日々通勤で眺めながら、自分たちの住まいが、心穏やかに過ごせる場所であることの重要性を噛み締めている。
今後の展望
30日チャレンジはひとまずクリアしたが、私たちはこの「1日1捨て」を、もう少し続けてみようと思っている。 もちろん、毎日律儀に続けるのは難しい日もあるだろう。出張で家を空けたり、週末は遊び疲れてそれどころではなかったり。そんな時は、無理せず「今日はパス」でもいい。大切なのは、完璧主義を目指すことではなく、ゆるく、長く、続けていくことだ。
私たちの家は、まだまだ手放せるものがたくさんある。 いつか使うと取ってある空き箱、もらいもののタオルや洗剤のストック、もう着ないけれど捨てられない学生時代の思い出の服。それらと一つずつ、丁寧に向き合っていきたい。
このチャレンジを通して、私たちはモノに振り回されるのではなく、モノを自分たちの暮らしの一部として、意識的に選択していくことの大切さを学んだ。 早稲田の小さな一室で、今日も私たちは、小さな「捨て」の成果にニヤリとしながら、自分たちにとっての「ちょうどいい」を探し続けている。
コメント (1)
1日1捨てチャレンジ、まさかIT夫婦の方が始めてるとは意外で、思わず読み進めました!私も真似してみようかな。きっかけが妻の一言っていうのも素敵です。